腕時計は恋人

腕時計は恋人:Wristwatch=sweetheart

「腕時計をどう扱うかで、その人の恋愛傾向が分かる。」という心理テストがある。

一本の腕時計を大事に使う人は恋人も大事にし、たくさんの腕時計を取っ替え引っ替え着ける人は気の多いタイプ、といったものだ。また、ブランドや値段など商品の選び方も関連しているらしい。

カフェで友人からこの心理テストについて聞いた時、とても納得した。他人が腕時計をどう扱っているか興味を持ったことがなかったので実際の所はよく分からなかったものの、周囲の人達のパーソナリティーと彼らの腕時計がぴったりマッチしている事例が次々と頭に浮かんだからだ。ステータス重視の家庭に育った従姉妹たちが揃ってカルティエやロレックスを着けていたこと。旧家の堅実なお嬢様が華奢でも大振りでもないサイズのバーバリーを着けていたこと。十代半ばで家出して水商売をしていたかと思えば、突然バックパッカーになって世界中から絵葉書をくれた同級生がいつも個性的な腕時計を着けていたこと。

当時の私の腕時計は、誕生日に友人からもらったものだった。それ以外は一本も持っていなかった。私は自分が心から欲しいと思うような腕時計を一度も見つけたことがなかった。せめて一本は欲しいと思い、ずっと探してはいたものの、本当に気に入って自発的に自分のお金で腕時計を買ったことは一度もなかった。あれもこれも何となく良いと思える商品はたくさんあるのだが、いつも決め手に欠け、結局は誰かがくれた一本をずっと使っていた。そして、以前に使っていたものをもう一度引っ張り出してきて使うことはまずなかった。たいていは容赦なく捨てた。

私の恋愛そのものだ。受け身で、付き合えば一途だが、相手との関係に何か偶然だと思えないないくらいの特別な結び付きを求める余り、いつも少し物足りない気分になっていた。そして、一度別れると未練はほとんどなく、復縁という発想もない。

億夫も、一本を大事に使うタイプだ。先日、長年使ってきた腕時計の動作が怪しくなってきたので買い換えた。新しいものを選ぶにあたり、絶対に譲れない条件として彼が挙げたのは「機能性」と「色」だった。信頼できる電波時計。金属部にほんの少しでもゴールドが入っていると嫌。フェイスは黒や明度の低い青が使われているシンプルなもの。赤や黄など派手な色が入っていないもの。ブランドや値段にこだわりはなかった。

彼は、女性について感想を述べる機会があると必ず性格に焦点を当てる。外見には一切触れない時もある。お世辞にも見た目が良いとは言えない妻を気遣っているのかと思いきや、私が他人の外見についてコメントすると「億子ちゃんって本当すぐ見た目のこと言うよねぇ。」と呆れ顔なので、本当に外見は気にしていないようだ。そんな彼が、腕時計選びで真っ先に機能性を挙げたのは納得だ。そして、何だかよく分からない色への細かいこだわりは、彼の人の性格に対する好みの細かさに似ている。例えば、女性の好みを尋ねた時、彼は「ミスコンのような表舞台に出たがる女性は好みじゃない。」と答えた。それだけだと時々は聞く内容だが、その後に「むしろ、部屋の隅っこで体育座りしてるような人が良い。」と続けた。ちょっと理解し難い好みだ。いくらなんでも根暗過ぎないか。まさにそんなタイプである私が言うのも何だが。彼の一癖ある強いこだわりは、腕時計選びにも現れていたように思う。

数年前、私はようやく理想に近い腕時計を見つけた。しかし、それでもまだ細部にほんの少し気に入らない箇所がある。もしかしたら次のモデルチェンジや限定品で理想のものが発売されるかもしれないと、何シーズンも待ち続け、未だ購入に踏み切れないでいた。そして、つい先日発表された新作は、思わず笑ってしまったほど全く違う方向性にがらりとモデルチェンジされ、今まで好きだった部分が無くなっていた。私が腕時計を買う日は来るのだろうか。もしかしたら、モデルチェンジすべきは私かもしれない。まぁ腕時計が無くても死にはしないが。